Fahrenheit -華氏- Ⅱ

何言ってンだよ!このおっさん!!


俺は不審を通り越してもうドン引き。からかわれてるのか、と思ったが村木は至極真剣で、てか笑ったとこなんて見たことねーし。


冗談には思えなかった。


「合コンでも開こうって言うんですか?それなら俺、行かないっすよ。興味ないんで」


恋人の有無は、今は言わない方がいいだろう。と踏んだ俺はそこだけ曖昧にぼかして後ろ手で扉を開けようとした。


「合コン?私とあなたが?何の冗談を」


と村木はそれはそれは陰険丸出しで渇いた笑みを漏らした。


いや、冗談言ってンのはあんたの方だろうが!と怒鳴り出したいのを堪え


「聞きたいことってそれだけですか?それなら俺、もう行きます。まだ仕事残ってるんで」


と、そそくさと出て行こうとする俺に、村木は俺に一言。


「あなたは年上の……しかも美人で頭の良い女性がお好みかと思いましたが」


な・ん・で!!


お前が俺の好きな女のタイプを解析してるんだよ!キモいんだよ!!


「まぁ?美人で頭の良い女は好きですけど?でも別に年上に拘りもってないスけど」


一刻でも早く逃げ出したい俺は早口に言って扉を開いた。だが、





「以前、銀座の蝶を


盗んだでしょう?」




村木の言葉に俺は目を開いた。“銀座の蝶”―――“盗んだ”


その言葉が意味するものを俺は数秒で理解できた。


紫利さん――――……?


何で、こいつが紫利さんのこと……てか俺と…当時人妻だった紫利さんが“イケナイ”関係だったことも気づいてるっぽいし。


正直、心の中では動揺しまくりだったが、俺はつとめて冷静を装って笑顔を浮かべた。


「夜の蝶は俺の手に留まってくれませんでした。元あった宿り木に飛んでいってしまいましたよ」暗に彼女とは“終わった”と意味を含ませて答えると、村木はちょっと微苦笑してタバコの先に火を灯す。


村木は今度こそ俺を引き止めようとしなかった。


逃げるように足早で喫煙ルームを出たわけだが、でも村木の質問の意図が全く読めなくて、それが何だかザワザワと俺の心を不穏で満たす。紫利さんとのことも引っ張りだしてくる辺り、流石と言うべきか、用意周到だ。


でも…終わったことだ。それに俺と紫利さんがイケナイ関係だったことを証明する証拠もない。今更あいつが吹聴したところで、逆に銀座のホステスと関係があったことは俺にとってマイナスイメージにはならない。一種のステイタスだ、と捉えられるだろうし、例え瑠華の耳に入ったとしても彼女だって承知していることだ。


切り札にしては効力が弱い。


だけど―――


少し気になってほんのちょっと振り返ると、村木はもう俺の方を見ておらず、壁に背を預け俯きながら額に手をやっている。


パッと見、落ち込んでる…??ように見えるが、何かに酷く悩んでいるようにも思える。


ふいに瑠華の言葉が蘇った。



『彼は別の問題を抱えていて、そのことに気を取られている、と言う感じはしますが』




別の―――問題……?


明日―――……


俺はシステム手帳を開いた。明日は午後4時の来客以来、俺の予定と言う予定は入っていない―――



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