Fahrenheit -華氏- Ⅱ
俺はようやく彼の名前を思い出せた。二村の前任で、村木のパワハラで辞職に追いやられたとか。うつ病って言うのは間違いないようだ。何せこのクリニックに通ってるっぽいからな。
川田さんは今来たばかりで、診察時間までまだ時間があると言う。ここで会ったのも何かの運命を感じた。それに、すぐさま「さよなら」ってワケにはいかない。知らない仲じゃないし。何せ以前は俺の部下だったワケだし。
川田―――下の名前を何と言ったか忘れたが、俺より五歳年上の31歳。真面目で、努力家。責任感が強く、佐々木と同じタイプの人間、と言うのは前にも述べたが、その雰囲気は会社を辞めた今でも変わらない。
待合室で話すのもどうかと思ったから、俺たちは何となく流れで廊下に設置されているカウチに二人並んで腰を下ろした。
「……その後、どうですか?具合が悪いって内藤チーフから聞きましたが」
俺が切り出すと
「それ程悪いわけじゃありません。最近眠れなくてここには睡眠導入剤を貰いにくるだけです」と川田さんは恥ずかしそうに頭の後ろに手をやる。
「ところで神流部長は…?どうされたんですか?」と逆に聞かれ
「いやー……ツレがここの患者で、薬だけ受け取りに来たんです。俺はここの患者じゃありません」
嘘はついていない。だがその“ツレ”って言うのは川田さんも知ってる“あの”柏木補佐だとは予想もつかないだろうが。
「そうですか、お連れさん早く良くなるといいですね。ここ、凄く評判が良いんですよ。僕は知人の紹介で来ました」
川田さんは若干、やつれた感じはするが、うつ病と言われていた割には声に張りがある。
「……あの……村木……部長にパワハラに遭って会社を辞められたとか……噂で聞きました」
聞き辛かったが、そこんとこの真実が知りたかった。