Fahrenheit -華氏- Ⅱ
だが、瑠華は無事だ。看護師の雰囲気やニュースに取り沙汰されてないところから、ここで転落事故が遭ったわけではなさそうだ。
大仰に「危険」と書いてあるが、手摺が壊れたのはほんの一部かもしれない。
呼吸を整え、大きく息を吐き出し
「俺……高所恐怖症なんで…」と、やっとのことで川田さんに無理やり笑いかけた。完全なる嘘だけど。
「そうなんですね。僕もです」と川田さんは恥ずかしそうに笑う。「だから非常階段の存在も知りませんでした」と付け加えて。
実際、俺は高所恐怖症じゃないが―――違った意味で色々ヤバい気がしてきた……
やっぱ俺も診察してもらうべきだったか。
『見える筈がないものが見えるんです』
と。
そう、前回俺は今回と逆で裏の駐車場から瑠華を見上げていた。そのとき……瑠華のすぐ背後―――肩の辺りに半分透き通っていて、柔らかそうな小さな手が乗っていて、彼女の背後の手がゆっくりと開かれたのを見たとき
「中に入れ!落ちるぞ!!」
そう
確かに俺は、忠告したのだ。
くそっ!最近見えてなかったから良かったものの、思いもかけずその存在は突如として現れる。いや、今回は実際「見えて」なかったし、その気配も感じない。
でも
あの赤ん坊とも取れる小さな……小さな―――あの手は瑠華ではなく、俺に忠告していたのかもしれない。
この場所は危険だ、と。
だとしたら、あの赤ん坊の手は悪意があったわけではなく、俺に何かを伝えたかった―――……?
そんなバカな。自分の考えに嫌気を覚えて俺は前のめりになり車のハンドルに突っ伏した。
そんな非現実的なこと絶対考えられない。
川田さんと別れた後、俺はすぐさま駐車場に戻ってその壊れた手摺を確かめるため見上げると、業者と思われる作業員二人が太いパイプのようなものを持って作業していた。
今はその大部分が新しく、かつ頑丈な柵で覆われている。元々どの部分が壊れていたのかは分からない。
「バカな」
俺は口の中でもう一度呟き、今度こそエンジンを掛け駐車場を出た。