Fahrenheit -華氏- Ⅱ
それから寄り道せずまっすぐに会社に帰ろうかと思ったけど、帰る道すがら新しいドーナツ専門店が出来ていたのを発見して、幸いにも客の列も少なかったから瑠華と佐々木に手土産としてドーナツ数種類を買っていった。
あと二時間で定時と言うところだ。
俺が会社に帰りつくと、ちょうど二村が俺たちの部署にいて、瑠華に向かって必死に頭を下げていた。
どうやら午前中、エレベーターでのやり取りを謝っているようだが。
二村は中身が膨らんだコンビニのビニール袋を瑠華に手渡していて
「結構です。私は大丈夫ですので」とそれを押し戻していた。
「そんなこと言わないでっ。ホントにごめんなさい!」
二村は珍しく余裕のない態度で必死に頭を下げている。
佐々木も当然席に居たがこっちは訳がわからないと言った感じで二人のやり取りをおどおどと見守っている。
俺は気にしない素振りで自分のデスクに向かうと
「ただいま戻りましたー、これ土産」と言って三人のデスクの連結している部分、ちょうど中央にドーナツの箱を置き、二村を一睨みした。
何となく空気を察したのか、佐々木が
「わ!これ最近出来たところの有名店じゃないですか!」と、女子の瑠華よりもキラキラ笑顔で(てかこれ空気読む、とかじゃなく素だな)で嬉しそうに手を叩く。お前、何でそんなこと詳しいんだよ。
二村は俺の方にも向かって深く腰を折ると
「さっきはすみませんでした」と謝ってきた。そして持っていたビニール袋を俺に今度は俺に差し出す。どうやら本気で反省しているようだ。
「これ、コンビニのですけど皆さんで…」
と二村が言いかけた所を、
「二村さん、あなたが故意に手をぶつけたとは私は思いません。単なるアクシデントです。なので必要以上に謝ることはありませんし、謝罪は一回だけで、言葉だけで充分です」
瑠華が目を上げ、少し鬱陶しそうに眉を吊り上げる。
「でも…俺の気が済まないって言うか…」
「それはあなた側の理由でしょう。私たちは気にしていませんので、お言葉だけで結構です」
ひゅぅう~
木枯らしが吹いた気がするのは俺だけだろうか。
てか部屋の温度が5℃ぐらい下がった??思わず身震いするぐらいの冷たさだ。
俺が何か言い返してやろうかと思ったが、瑠華は一人でも闘えるタイプだ。
またも険悪な空気を読んだのか、て言うか最近慣れてきた?佐々木が
「ちょうど小腹もすいてきたときだろうし、一旦休憩してお茶にしましょう!」と提案して、「僕、欲張りなんで二村くんのもいただきます」
と佐々木が手を差し伸べ、二村はほっとしたようにそのビニール袋を佐々木に手渡した。
「本当にすみませんでした」
佐々木が受け取ったことで二村は最後に一度頭を下げ、ここでようやく帰っていった。
二村がブースから消えると
はぁ…
と佐々木がため息。
「今度は一体何があったんですか」と俺に小声で聞いてくる。