Fahrenheit -華氏- Ⅱ


拒絶はされなかったけれど、積極的に協力すると言う感じでもない。


しばらく額に手を置きちょっと前屈みになって、まるでロダンの『考える人』みたいな姿勢で


「Umm」と唸るように口の中で唱え、やがて前触れもなく、すっと顔を上げた。


「分かりました」


え?


「恥ずかしながらあたし、尾行なるものをしたことがないので。ここは一つ参考書に頼ろうか、と。帰って勉強してきます」と真顔で大真面目に頷く。


いや、俺だって尾行したことないし。てか尾行ってふつーの人はふつーにしたことねぇよ。てか参考書って何よ。


と、色々突っ込みたかったが、突っ込みどころが満載でどこをどー突っ込んでいいのか分からない。


とにかく、俺の尾行に付き合ってくれるってことだよな。


それから三十分ぐらい、明日はどうすべきか話し合い、心音ちゃんたちの会話も一段落したようで、時間はすでに22時を過ぎていた。


常識人の瑠華は恋人の家に居るって言うのに


「それでは夜も遅いので、片付けをして私たちもそろそろ」と腰を上げた。


「片付けは裕二に手伝わせるからいいよ、遅いから気を付けてね」瑠華は頑なに片付けをしていく感じだったが俺がほぼ強引にタクシーを呼び、エントランスで彼女たちが無事タクシーに乗るのを見届けると、再び部屋に戻った。


一人部屋に残った裕二はせっせと皿やホットプレートを片付けてくれていて(こいつも意外に真面目だな)


「どうだった心音ちゃんとの話。盛り上がってたみたいだけど」と裕二の片付けを手伝いながら聞くと


「おう、有意義な意見が聞けたぜ」と裕二はにんまり。


心音ちゃんの話は裕二の仕事魂に火を付けたようで、裕二は心音ちゃん(の見た目だけ)がいかにいい女かは全く触れず、熱心に会話の内容を聞かせてくれたが、すまん、俺にはサッパリだ。


片付けも終わりが見えかけたところ、綾子から裕二に電話が掛かってきた。


「おつ~、―――…え?いや、まだ帰ってない。啓人んとこ……お前は?―――…え?今から?」


スマホで会話中だった裕二が俺を振り返り、送話口を手で覆いながら


「綾子、今から来たいって…」


「は?何で?」


「知らね。飲み足りないとか言ってるけど」


「まぁいいけど」前はしょっちゅう飲んでた仲だし。


と言う分けで綾子がマンションに来たのはそれから30分後のことだった。



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