Fahrenheit -華氏- Ⅱ
「いらっしゃいませ。ご予約のお客様でいらっしゃいますか?」と和服を着た案内嬢がにこやかに出迎えてくれて、
「あ……いえ。予約はしてないですが席の空きはありますか?二名です、あとから一名来ます」
緊張のせいか声が上擦った。怪しい客だと思われてないか心配だったが、
「テーブル席で宜しければございます」と案内嬢は上品な笑顔でにこにこ。
とりあえず、ほっ。
空席があって良かった。無かった場合外で待ち伏せする羽目になるからな。
だが、ここでまた壁にぶち当たる。
案内されたテーブル席は広く間を取ったテーブルセットがあり、まばらだが客は居た。老齢夫婦っぽい感じの男女が一組。商談っぽい感じのサラリーマン二人組。
だが当然ながら村木の姿はない。テーブル席の奥に細長い廊下が続いていて、両脇に恐らく座敷だろう個室が連なっていた。村木はあの個室のどこかに居る筈だ。
けれど個室を一つ一つ開けていくわけにもいかないし、俺が尾つけてきてることは秘密だからな。
結局、俺はトイレのすぐ脇、大きめの観葉植物が植えてあって影になっている、ちょっと覗かないと誰が座っているか分からないテーブル席を指さし
「あそこは予約席ですか?」と指定。
「いいえ。でもお手洗いの近くですが」と案内嬢が気にするように苦笑。
それが逆に良いんだよ。だって誰だって時間が経てばトイレぐらい立つだろう。あいつだって生理現象までコントロールできない筈だ。
案内嬢が去っていくと、俺は慌てて瑠華にメール。席に着いた旨を報告し、その後五分と満たないうちに瑠華が到着した。
瑠華は今朝していなかったいつもの赤淵メガネを掛け、下ろしていた髪は後ろで一つに束ねている。それに白いシャツだけじゃなく、同じ色合いだけどカッチリしたジャケットを羽織っていた。
「一応変装です」と言われて、なるほど!と頷いた。俺は何にも考えず村木の後を追うことだけしか頭に浮かばなかったけど、俺も何かすれば良かった……と後悔していたけれど、瑠華は気にならなかったのか
「良かった。ここなら“これ”で写真撮ってもバレませんね。村木さんはあちらの個室に?」
と、持参してきたデジカメをテーブルの上に乗せ、コナン君(だから違いますって)の参考書の威力すげぇ!と感心してる場合じゃない。
瑠華は廊下の奥に連なる個室に目をやり
「密談にはうってつけの場所ですね」と目を細めた。
「俺たちも尾行して現場押さえるのはうってつけの場所だろ?」と言うと瑠華は軽く肩を竦めてみせた。