Fahrenheit -華氏- Ⅱ
俺を怒らせたこと―――必ず後悔させてやる。
だが、その前に
「なぁ二村、俺から一つだけ質問」
と伝票を握ったまま顔を上げると、立ち去ろうとしてた二村が振り返った。
「何ですか?」
「緑川のこと、愛してるのか」
俺の質問に二村はにっこり微笑み
「もちろん、愛してますよ」
との言葉に少しばかり救われた気がしたが
「って言えば満足ですか?
葉月は俺の駒だ。そこに愛情なんてない。
言うまでもなく彼女が緑川副社長の娘だったから」
二村は笑顔を絶やさず、まるで世間話のようにさらりと言った。
「そもそも、恋や愛なんてもの程非生産的なものはない。そんなものに時間を費やすこと程無駄なことはない。出世の為に利用する価値は確かにありますけれどね。
だから俺は誰も好きにならないし、好きになったこともない」
「………」
俺は沈黙した。
せめて、こいつが本気で緑川のことを大切に想っていたのなら、ちょっとは救われた気がしたが。
「クズ野郎だな」
思わず口に出た。
「部長だって似たことしてきたじゃないですかぁ。柏木さんと出逢って、変わったとでも?
でも根本は変わらないんですよ、人間て言うのは。そもそも人間て変わらない」
「変わるんだよ。変われるんだよ」俺が言い返すと
「そう言うのを何て言うか知ってます?ほ・ね・ぬ・き」
二村は楽しそうに言って
「あなたはメスライオンに食われて骨になったみたいですね」二村は手のひらを掲げた。
「でも俺は、メスライオンに食われる前に」
ゆっくりと指を折り、
「潰してやる」
ぐっと拳を握り、手の中で潰したゴミや虫を払うように再び手のひらを広げた。
「二村―――
お前は寂しいヤツだな」
挑発ではない、心からの
同情だった。