Fahrenheit -華氏- Ⅱ

二村は立ち去っていった。


残された俺は、ただただ瑠華が作成した稟議書に視線を落とし、俯きながら


「くそっ…」


小さく呟いて、ぎゅっと稟議書を握った。ぐしゃりと書類がよじれる音が聞こえた。


本当は今すぐにでも瑠華に真意を聞くべきだ。鞄の中から携帯を取り出したが


瑠華が本当にそうもくろんでいたのなら、あっさり認めてくれたのなら、俺はそれを許す―――……?


本来ならそうだろう。


けれど二村の『取り引き』がある。


許す、許さないの問題じゃない。俺が二村の取引に応じなかったら、この件が世に出回る。


どうすれば―――…



俺は瑠華を守れる―――…??




でも


『利用された』との言葉がずしりと胸を圧迫して、手足に力が入らない。




俺は携帯に視線を落とし、それは“未だ通話中”になったままだった。


「……ごめん、オヤジ」


俺は五反田にある小料理屋のオヤジに謝った。


ボイスレコーダーを持っていくつもりだったが、変に勘ぐられたときの為、俺はこっそりオヤジの店に電話をした。通話中になったままの携帯を鞄に忍ばせておいたのだ。


勿論オヤジには事前に言うこともできず、咄嗟の判断だったが


『最初はイタズラ電話かと思っちまったがよ、お前の声が聞こえて、しかも紫利ちゃんの名前を引っ張ってくる辺りおかしいな、って思ったワケよ』


「サンキュ、助かるよ。で、録音は?」


『念のためしておいた。お前何やってんだ?ヤバイことになってんのか?』


オヤジが声を低めて聞いてくる。きっと近くに客が居るのだろう。


「まぁ……ね…、でもサンキュ」


オヤジに録音を頼むぐらいだから、充分ヤバイことになってるって分かってるだろうけど。
< 875 / 986 >

この作品をシェア

pagetop