Fahrenheit -華氏- Ⅱ
二村は立ち去っていった。
残された俺は、ただただ瑠華が作成した稟議書に視線を落とし、俯きながら
「くそっ…」
小さく呟いて、ぎゅっと稟議書を握った。ぐしゃりと書類がよじれる音が聞こえた。
本当は今すぐにでも瑠華に真意を聞くべきだ。鞄の中から携帯を取り出したが
瑠華が本当にそうもくろんでいたのなら、あっさり認めてくれたのなら、俺はそれを許す―――……?
本来ならそうだろう。
けれど二村の『取り引き』がある。
許す、許さないの問題じゃない。俺が二村の取引に応じなかったら、この件が世に出回る。
どうすれば―――…
俺は瑠華を守れる―――…??
でも
『利用された』との言葉がずしりと胸を圧迫して、手足に力が入らない。
俺は携帯に視線を落とし、それは“未だ通話中”になったままだった。
「……ごめん、オヤジ」
俺は五反田にある小料理屋のオヤジに謝った。
ボイスレコーダーを持っていくつもりだったが、変に勘ぐられたときの為、俺はこっそりオヤジの店に電話をした。通話中になったままの携帯を鞄に忍ばせておいたのだ。
勿論オヤジには事前に言うこともできず、咄嗟の判断だったが
『最初はイタズラ電話かと思っちまったがよ、お前の声が聞こえて、しかも紫利ちゃんの名前を引っ張ってくる辺りおかしいな、って思ったワケよ』
「サンキュ、助かるよ。で、録音は?」
『念のためしておいた。お前何やってんだ?ヤバイことになってんのか?』
オヤジが声を低めて聞いてくる。きっと近くに客が居るのだろう。
「まぁ……ね…、でもサンキュ」
オヤジに録音を頼むぐらいだから、充分ヤバイことになってるって分かってるだろうけど。