Fahrenheit -華氏- Ⅱ
心音は苦いものを飲み込んだように顔を歪め
「あーあ、やっぱ瑠華には勝てないわ」
とカードを宙にばらまき、フローリングにごろりと寝転ぶ。
「でしょ?心音は勝負を急ぎ過ぎよ。あたしはじっくり攻める」
「その割には大胆ね」と紫利さんは笑う。
「ここぞ、と言うときに賭けるのです。そのタイミングは自分が自分を信じるとき」
「自分が自分を―――…」
紫利さんは口元に手を当て
「そうね、だから私は“明石の君”なのね。紫の君は源氏の愛を信じていた。自分の置かれている境遇に不満を漏らすことなく全て受け入れた、偉大な女―――なのよ」
偉大な女―――…
正直、紫利さんにそんな風に思ってもらうと何だか気恥ずかしい。
「ポーカーにも飽きちゃったし、お喋りにしましょ~」と心音が言い出し
負けたからくやしかったのね、きっと。あたしは小さな子供を目の前にしているように苦笑。
紫利さんもちょっと笑った。
「シャンパンももう無くなっちゃったし、せっかくいただいたから紫利さんの日本酒いただこうかしら」
と言うことで、空になったシャンパングラスやらつまみのお皿やらを乗せたトレーをキッチンに運び、日本酒用の猪口を食器棚から取り出しているときだった。
コンっ…
小さな音がして、その音が鳴ったところを見ると、啓とお揃いのアトラスのリングが床に転がっていた。
思わず首元に手をやり、チェーンが変な風にぶら下がっていて、切れていた。
シルバー素材だから劣化したのだろうか。それにしては早過ぎる。
リングを拾うと、ひやりと冷たい感触がした。
何故
このタイミングで
切れたのだろう。
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