Fahrenheit -華氏- Ⅱ


動画を見終わる頃に、今度は着信があった。


着信:啓


慌てて電話に出ると、


『こんにちは~♪』と聞きなれない声が聞こえてきた。


「こんにちは。えっと…」


『ああ、すみません。私、啓人の所属している野球チームの監督で水澤と申します』


少し掠れた声の、それでもはきはきした喋り方に好感がもてた。


「柏木です。はじめまして」


『見ました?啓人の勇士♪今度是非遊びに来てくださいね♪じゃぁ啓人に代わります』


慌しく電話を変わる気配がして、あたしは思わず笑った。



『…も…もしもし?』



不思議ね。


あなたのちょっと低い…くすぐるような甘い声。たった一日聞いてなかっただけなのに、随分長かった気がするわ。




「ファンです。サインボールください」




その後の啓の話で、監督の水澤さんはどうやら彼の携帯を使って勝手に動画を送り、あたしの元に電話を掛けてきたみたいだ。



『調子どう?声は元気そうだけど』


と、聞かれて


「ええ、大丈夫です。ご心配おかけしまして。薬も持ってきましたので」と答える。


心配……かけちゃったなぁ。



だけどすぐに気を取り直す。



あたしは壁にかかっているカレンダーを見やった。


11日の日付に赤丸が打ってあった。





「啓―――あたし……」







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