Fahrenheit -華氏- Ⅱ
瑠華から電話が来たのは俺が仕事を終え、家に帰りついたときだった。別に図ったわけではない、俺が『帰ったよ』メールをしたからだ。
『心音は明日、羽田からのユナイテッド航空で帰ります。時間は18:30出発ですので、チェックインなどの計算をして羽田に17時に到着できれば』
「了解~じゃぁ渋滞とか考えて15時半ぐらいに迎えにいくね」
キーケースをテーブルに置き、携帯を耳と肩で挟みながら俺は手を洗った。
六本木から羽田まで首都高速を使えば20分前後でいける。
『ありがとうございます。最初から最後まで』
「いいよ、俺も楽しかったし」
手をタオルで拭き、冷凍庫を開ける。今朝は裕二んちに居たから何も作っていない。作り置いていた冷凍手作りミートソースのパスタにでもすっか、簡単だし、と思っていると
『手作りミートソース?美味しそうですね』
ぅを!何で俺の考えが分かった!
『独り言聞こえてきました』瑠華が電話の向こうでくすくす笑う。
会社では氷点下並に冷たい瑠華は、プライベートになるとまるで小鳥のように軽やかで温かい。
『お食事の邪魔になるといけないので、それではまた』と瑠華は丁寧に言って
「うん、じゃぁまた明日出るとき電話するね…」言いかけた時
『瑠華~ケイトから電話~?代わって~』と心音ちゃんの声が背後から聞こえてきて
『明日会うからいいでしょ、あんたが間に入ると厄介なのよ。啓の迷惑になるでしょ』と瑠華の声も遠巻きに聞こえてきて、
心音ちゃん……瑠華にそんなこと言わせる女、はじめてだぜ。色んな意味ですげぇな心音。
『それじゃまた明日』と電話は慌ただしく切られた。
ツーツー…と機械音が聞こえ、黒い画面をしばし見つめたものの、俺はあれこれ考えたくなくて、ジャケットだけを脱ぎ、ジレとワイシャツ姿で袖まくりすると、パスタを茹ではじめた。
一人で食事をすることに慣れてるけど、最近一人になると妙に寂しくなるのは、瑠華と居る時間が増えたからだろうな。何となくつけていたテレビも面白くない。
裕二は『適度な距離感』と言っていたが、俺は本当は距離感なんてなくしたい。
それでも瑠華の心の中にズカズカと土足で入りこむことはしたくない。不快だ、と思われたくない。
何となく……距離を取っていたのは俺の方だったのかも。
でも、この適度な距離感が―――うんと遠のいて、適度じゃなく……もう一生近づくことがないと思ったら―――?
俺は頭を振り、口に残ったパスタをビールで流し込んだ。