はぐれ雲。
<面倒なことになっちゃったなぁ…>

博子は手を前で組んで、うつむいていた。

耳元で髪がサラサラと風に踊る。

「おまえさっきの練習で、小手打つの外しただろ。すっげー痛いんだけど。ほら、アザになってんじゃん」

小さな剣道教室。

その道場の自転車置場に、彼女は呼び出された。

一つだけしかない外灯がやけに明るい。


春のなまぬるい風の中で蛾が数匹その光に集まってきては、衝突するのだろう、ジッジッ、と音を立てていた。


目の前の相手は、学年が一つ上の6年生男子二人。

「ごめん、わざとじゃないんだけど」

おかっぱ頭をかしげるように、困り顔で博子は謝った。

「見てみろよ、これ。マジで痛いんだって」

ご丁寧にも袖を捲り上げて彼が見せてくれた二の腕は確かに赤く、いや紫がかっている。

「ごめんなさい」

「マジで勘弁してくれよな」

<ネチネチとうるさいのよ、男のくせに>

謝れば謝るほど、彼らの嫌味は続く。

いい加減うんざりしていた博子は、うつむいたまま

<あれ、私、手首のこんなところにホクロあったっけ?>などど、考えていた。

「おい!聞いてんのかよ」

そんな彼女の様子に気付いたのか、自分より頭一つ分背の高い男子が近くにあった誰のものとわからない自転車を思いっきり蹴った。

ガシャン!と音を立てて、その自転車は横倒しになる。

その音にビクッと博子は肩を震わせた。

「…だから。ごめんって。これからは気をつけるから…本当にごめんなさい」

「ったくよぉ、最近おまえ調子乗ってるだろ。次の試合の選手に選ばれたからって」

そんなことない、そう言おうとしたその時だった。


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