はぐれ雲。
真っ白な彼のシャツは、すでに赤く染まっていた。

直人が上着を脱いで、必死に傷口を押さえる。

しかし血は一向に止まる気配なく、次から次へと嘲笑うかのように漏れ出てくる。

呼吸が荒くなった。

「亮二さん!しっかりしてください!」

彼は血に染まった自分の腹を見た。


すると目の前に見慣れた光景が一瞬にして広がる。

そう、あの夕暮れ時の紅に染まった川面。

誰かが、隣でこう言う。

高すぎず、かといって低すぎることもない心地いい声で。

『新明くんの右手、蝶が留まってるみたい』

亮二は、力なく笑って空を見た。

するとまた同じ声がする。

『取って、サングラス。
こんなのかけてたら、海の色も空の色もわかんないじゃない』


「ほっ…んとにおまえ…は…いちい…ち…うる…うるせぇやつ、だな」

戯言のように呟く亮二の顔を、直人が半泣きでのぞきこむ。


彼は眩しさを感じて目を閉じた。

暗闇の中でも、その優しい声は追いかけてくる。


『私ね、ずっとあなたが好きだった。
でもその想いも今日で終わりにするの。本当に終わり…』


「……」

その声の主に、
言いたいことがあったのに、
伝えたいことがあったのに、
もう声にならなかった。

「……」

「亮二さん!!目を開けて!」

血まみれの手で、直人が亮二の頬を軽く叩く。

「亮二さん!ねえ!嘘だろ!?」

肩で息をしながら、亮二はうっすらと開けた瞼の隙間から空を見た。

額からは玉のような汗が吹き出ている。


何を思ったか、彼は血だらけの震える手で、ズボンのポケットをまさぐった。

その指の先に触れたものを、やっとの思いで取り出す。
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