はぐれ雲。
現場は古いアパートの一室。

洗濯物や新聞、ゴミが散乱し、足の踏み場もない状態だった。

ゴミをおしのけて敷いたであろう布団の上には、真っ赤な血が染み込んでいた。

すでに被害者は救急車で運ばれたが、病院で死亡が確認された。

桜井と達也は先に到着していた捜査員から簡単に状況を聞いた。

被害者はこのアパートの部屋に住む30代男性。容疑者は被害者男性の妻だという。

凶器は台所にあった包丁。

胸から腹にかけて十箇所近くの刺し傷が確認されたという。

妻は夫を刺した後、自らも自殺を図ったが叫び声をきいた近所の住人によって、通報された。
妻の命に別状はなく、今現在病院で怪我の治療中とのことだ。

動機はまだ詳しくはわかっていないが、夫が仕事もせずに一日中家出ゴロゴロする様子に妻が逆上。

横になってテレビを見ていたところを刺したということらしい。

「十箇所以上か…相当の思いがあったんやろな」
桜井が顔をしかめた。

達也は桜井と近所の聞き込みに走る。

「いつかはこうなると思ってたよ。
奥さんばっか働かせて、自分は酒だのギャンブルだの、好き放題。奥さんの留守中に女まで連れ込んだりして。よく喧嘩してたけど、男は口がうまくって、結局いつも奥さんはうまく言いくるめられてたわね」

何軒か回ったが、だいたい同様の証言がとれた。
「みんな同じ事言うとるなあ」桜井がつぶやいた。

達也そっと桜井の目を盗んで、腕時計を見る。

「加瀬、おまえ奥さんにはもう言うてあるんやろ」
見ていたかのように桜井は尋ねた。

「いえ、それがまだ…」

「あほか!はよせんかい!」
桜井は声を荒げ、舌打ちをした。

「すみません、すぐ終わらせます」と達也は少し離れた場所で携帯を取り出し、呼び出し音に耳を澄ませた。

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