はぐれ雲。

博子は咄嗟に振り向く。

若い男たちを数人引き連れて、背の高いその男は歩いて行く。

あの歩き方、ポケットに手を突っ込んで歩く姿…

「リョウジさん、あの件なんですが…」

<リョウジ!?>

誰かがそう切り出すと、男は足を止めて指示を出し始めた。

あの横顔。

あの目、筋の通った鼻。

間違いない、忘れるはずもない。

しばらくすると、彼を取り巻いていた男たちは方々に散っていった。


彼は一人になると、おもむろに胸ポケットから煙草を取りだし火をつける。

やはりその手の甲にアザが。


博子はゆっくりと震える足で彼に近づいた。

<間違いない、新明くんよね。いつからここにいるの?どうしてあの時何も言わずに行ってしまったの?>

封印したはずの想いが、次々にあふれ出てくる。

「…新明くん?」

やっと出た声がかすれて、届かない。


「新明くん!!」


博子はもう一度彼の名を呼んだ。

まるで叫ぶかのように。


一瞬二人の間だけ、街中のざわめきが消える。

煙草をくわえた男が、ゆっくりと…


ゆっくりと彼女を振り返った。


< 83 / 432 >

この作品をシェア

pagetop