はぐれ雲。
警察官が常に10人以上で勤務しているが、毎晩忙しくて食事も満足にできなかったそうだ。

酔っ払い、ひったくり、店と客のトラブル、喧嘩、覚醒剤の密売…

『あの街を見ていると、世の中には本当にいろんな人がいるんだって、身をもって感じるんだよ』

そう博子に話してくれたことがあった。

あの頃はまだ今ほど忙しくなくて、よくこのあたりまで買い物に来たっけ…

そんなことを思いながら、再びうつむき加減で歩き出す。

目が熱くなる。

博子はマスカラを気にして、必死に涙をこぼさないようにこらえた。


そんなことに気をとられていて、前から黒いスーツの男たちが近づいているのに彼女は気付かなかった。

ドンッ!

その中の一人と肩がぶつかり、博子はよろめいた。

「おっと、失礼」

その男は軽く右手を上げて、通り過ぎようとした。

「すみませ…」

慌ててその男に目をやった瞬間、息が止まった。

男の手に見覚えのあるアザが見えたのだ。

蝶の形をしたアザ…

『新明くんの手、チョウチョが留まってるみたいだよね』

『蝶?もっといいものにたとえろよ』

『いいもの?蝶もオシャレじゃない?モンシロチョウとか、アゲハ蝶とか…』

『おまえさぁ、モンシロチョウはないだろ、ダサすぎ』

あの日の光景が鮮明に蘇った。



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