喫茶投稿

香月の真実

人間の価値とは何であるか、「」内に考察を述べよ。
そんな問いが脳内を駆け巡る。
家族を事故で失い存在する意味を見い出せなくて、暴走車の前に飛び出したんだ。
これで終わると思ったのに、光の中に引き戻された。
病室のベッドで目を覚ますと、家族連れに囲まれていた。
特に泣き顔で喜んでいる娘を見てピンときた。
こいつが、自分をこの牢獄に連れ戻したのだと。
父親の話だと、娘が撥ねられそうになった所へ自分が飛び出したらしい。助けようとしたように見えたのだろう。
そういえば、何かにぶつかった感触があった。
自分はこの世界から逃げたかっただけなのに、とんだ邪魔をしてくれたものだと思った。
だから長い間、香月は憎悪の対象でしかなかったのだ。
「風邪ひくよ~」
窓の外をぼんやりと見ていると、香月が開けっ放しのドアから顔を覗かせる。
以前は散々邪険にしたものだが、どうしても離れようとしなかった。
「香月」
ふと、問うてみたくなった。
「なに?」
入ってきたその手には、大きなマグカップ。
いつだったか家族旅行した時に買った、赤と青のペア。
「ホットミルク飲む?」
持って来ておいて聞くところが香月らしい。
こんな行動も初めは恋慕だと思っていたが、それだけではないようだ。
「人間の価値って、何だと思う」
「心理クイズか何か?」
香月は面食らったような顔になる。
「そんなもんかな」
「ん~…」
両手でカップを持ってミルクをすすり、香月はしばらく考えて答えた。
「…わからない」
答えを期待したわけでもないが、続いて出た言葉に驚いた。
「…ずっと、死にたいと思ってたから」
「え?」
思わず聞き返す。
「だから、車の前で立ってたの。そしたら、お兄ちゃんが飛込んで来て…最初は邪魔されたと思った」
知らなかった。
不本意だったのは、香月も同じ。
だったらなぜ?
「でもお父さんとお母さんの顔を見て、お兄ちゃんが目を覚ましたのを見たら、凄く嬉しかった。だから、もう少し生きてみようと思ったの」
これでは立つ瀬がない。普段はそそっかしい香月の方がずっと大人だ。
「お兄ちゃんは、何だと思う?」
答えられるわけもない。
「分からないから、聞いてみたんだよ」
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