喫茶投稿
模写矢倉
模写矢倉。
鏡写しのように、相手と全く同じ手を打つ技法。
特に有段者がこれをやると最悪千日手になって勝負がつかないため、将棋の正式ルールでは禁止されている。
しかし。
奪った駒で同じ陣を張るのなら、模写にはならない。
「…ここ!」
銀を捨てて獲った飛車を対角線上に打つ。
何を仕掛けてくるつもりだったのかは分からないが、これで動くしかなくなったはずだ。
「ふむ」
獅子丸が桂馬を差し上げる。
誰言うともなく洗濯バサミと呼ばれる駒を構えた指は、その気になればタイヤを引き裂く力の僅か何万分の一かで白木の桂馬を包んでいる。
「弾鏡とはよく言ったものだ。写し身と見せて、隙あらば刺すか」
パシィ
盤上から乾いた音が響いた。
「霧鏡に惑わされたのは貴様の方だ。その飛車は釣り駒だ」
やられた。
こちらの飛車を無駄打ちさせるために、この局面で死に手を打ってくるとは。
「鏡は真実を映す。だが見る者の心が曇っておれば、偽りを見ることもある」
返しの手を意に介さず、獅子丸は更に桂馬を繋げる。
「三桂あって詰まぬことなし、かい」
窮地ではある。
だが、自分の心が曇っていないとでも思ってナメてくれたな。
「よう覚えとけや」
桂馬を張った局面とは全く違う位置に、残しておいたもう一枚の銀を打った。
「他所見しとると、割れた鏡で手ぇ切んで」
そこは、影に入れていた角の睨みが効いている。
そう簡単に玉を渡すわけにはいかない。
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