ハルアトスの姫君―君の始まり―

 ありがとうの花束

「ここが…キースの故郷…。」
「まだまだ何もないけどね。」
「…そうだね。」

 書物で読んだ限りでは緑の深い、自然豊かな村だったそうだ。しかし戦いの爪痕が残るここはもはや、キースが生きたときとは大きく異なる様相を見せている。僅かばかりの緑はあるが、人はまばらで家はといえば数軒しかない。ハルフェリア大戦が終わり、もう1年になるというのに、復興はジアが思っていたよりもずっと進んでいない。大戦はここに生きる人にとってはまだ過去になりきれていないのが現実だ。

「これでも少しずつ緑が戻ってきたんだよ。本当は俺がもう少し役に立てる魔法を修得していれば早かったんだけど。」
「…まだ人前で魔法を使える状況じゃないでしょ?」
「いざとなったら記憶を操作するよ。」
「記憶操作は…なんだか悲しい。」
「…ほら、そんな顔しない。」

 キースの大きな手がジアの頬に触れた。上手く表情を切り替えることのできないジアはキースと目が合わせられない。

「さて、行こうか。君の会いたい人はもっと奥だよ。」
「うん。」

 自然と重なった手が優しくジアを引く。今日は会いに来た。『ありがとう』を伝えたかった人達に。

「ねぇ、キース。」
「ん?なんだい?」
「こういう…何て言うのかな、復興?それに役立つ魔法ってあるの?」
「…まぁ、なくはないかな。」
「それは草木に命を与えることもできるってこと?」

 ジアがそう問うと、キースは苦笑いを零した。

「命を与えることはできないよ。魔法でも。命あるものを伸ばすことはできるけど。」
「伸ばす?」

 キースが静かに頷いた。

「たとえば植物の成長には水が必要だよね。水を集めたり、雨を降らせたりすることは魔法でできることだよ。実際、俺にもできる。」
「え、そ、そうなの?」
「見せたこと、なかったっけ?」
「キースの魔法ってあんまり見せてもらったことないよ!」
「そう…かもしれないね。」

 キースの魔力が大きいということは、魔法全般に疎いジアにも何となくわかることだった。しかし、キースがどんな魔法を使うことができるのかについてはほとんど知らないのが現状だった。
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