ちゆまど―世界は全て君のために―


指揮者と違って、ステージに顔を向けず、タクトを振り続けるイナディアルは愉快げだった。


百の楽器を我が手で操るのは爽快でしかないだろう。


苛立ちを覚える顔に炎の矢でも飛ばそうとしたが――


「……くっ」


魔術が発動しない。


今のシブリールなら詠唱なしで、第四節までの魔術を省略発動できる。


訳など簡単だった。


魔術は己がイメージの具現化だ。


頭にある幻想に形を与えるのだが、混濁した頭ではイメージ自体が定まらない。


絵を書くには書くものを思い描かなければならないのと同様のことだ。


「“定理を否定し魔術”……!」


その真骨頂を垣間見た。


人間にとっては毒悪たる音楽も、イナディアルにとっては川のせせらぎのように聞こえるらしい。


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