AKANE
「サンタシの遣いは今日の午前中にアザエル閣下とともに魔城を発つそうです・・・」
 朱音はフェルデンが無事に帰路に着くことができるとこにひどく安堵した。
 ルイはもう一度朱音に助けを求めようとはしなかった。この主がアザエルのことを酷く嫌い、その話題を出すことを嫌がっていることを知っていたのだ。そして昨晩の事件以来、開きかけていた主の心が再び固く閉ざされてしまったことに、ルイは気付いていた。
「陛下の嫌いな話をして申し訳ありませんでした」
 ペコリと頭を下げると、ルイは下がろうとした。
「ねえルイ、アザエル達はいつ発つ?」
 シンプルな黒の詰襟の服の主は、魔城の見晴らしのよい窓を開け放し、切なげにじっと入り口を見下ろしていた。
 魔城から出てきた旅装束の三人の男。一人は長身、もう一人は小柄。そしてもう一人は、深く被ったフードから僅かに碧い髪が見える。
(昨日、あのまま死んでいればよかったのに・・・)
と、朱音は生き延びてしまった自分の運命を呪った。
 もう、あの優しい笑顔を、優しいブラウンの瞳を見つめることも、大きく男らしい手で髪を撫でられることも二度と叶わないだろう。今朱音に向けられるのは冷たく恐ろしい程の憎悪のみ。彼に愛された朱音はもうどこにもいない。
 城の中から従者達が箱のようなものを運び出し、それを荷馬車の荷台に括り付けている。ぼんやりとその光景を眺めていると、ふと見上げたアザエルの視線が朱音のものとかち合った。
「!!」
 碧い瞳はじっと朱音を見つめている。なぜかその目に釘付けになり、朱音は目を逸らせずにいた。
(なに・・・? 王の次に偉い筈のあなたが、なんで素直について行くの? もしかして、途中でフェルデンやユリウスさんを殺して逃げるつもりなんじゃ・・・)
 突然冷やりとした感覚を覚え、朱音は駆け出した。
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