AKANE
 朱音は、なぜこのような男がアザエルの後釜におさまったのか、不思議でならなかった。
ヘロルドの父マルティンは元老院の一人で、その息子だということから優遇されたのかもしれないし、何より、ヘロルドは風を操る魔術に長けているらしく、その点から抜擢されたのかもしれない。しかし、今やその権限はアザエルがいた頃よりも劣り、元老院の下に位置するものと化していた。無論、朱音の信頼を得ていない時点で、“新王陛下の側近”という立場は既に無いに等しい。
 朱音はつまらなさそうに執務室のデスクに肘をつき、すっかり溜まってしまった書類にぼんやりと視線を落とした。
 国王としてのデスクワークは以前、全てアザエルがこなしていた。それを、何もわからない朱音がルイに相談しながら進めるしかない今の状態に、朱音自身疲れ切っていた。
 半端ない量の検討資料、政策。ただの受験生だった朱音にはどれも難しすぎるものばかりだ。
 それでも、こうして仕事に費やしている時間だけは、サンタシの美しく優しい騎士のことを思い出さずに済み、いくらか朱音は救われていた。何もしないでじっとしていたら、朱音は今頃おかしくなっていたに違いない。それこそ、儀式の前のように窓から身を投げてしまっていたかもしれない。
「元老院の年寄りどもは、陛下に黙って罪人アザエルを暗殺する為に幾人かの腕利きの刺客を放ったようです」
 朱音はぴくりと身体を反応させた。
 ヘロルドは、その様子を目にし、しめたというような笑みを浮かべた。
「それは本当ですか・・・!?」
 ルイは信じられない思いで、痩せた男のぎょろぎょろした目を見つめた。
「はい。魔王陛下の側近を務める男が敵国に渡ったとなれば、こちらの不利な情報が漏れるかもしれません。元老院はそれを恐れたのでしょう」
 朱音は急に早鐘のように高鳴り始めた心臓を左の手で押さえた。
 アザエルの手首に嵌められた手枷が脳裏に蘇る。今や魔術を封じられたアザエルや、剣の腕の立つフェルデン、小柄な騎士ユリウスの三人が、ゴーディアの刺客に襲撃される様を想像しただけで、朱音はどうしようもない不安に苛まれた。
「しかし、国家の最高権力であるクロウ陛下に相談も無くそのような行動を起こすなんて、一体どういうおつもりでしょう?」
 
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