AKANE
 ボリスが深夜、新国王の私室に忍び込もうと部屋向かったところ、扉の前に控える近衛兵がいることに気付き、どう対処しようかと慮(おもんばか)っていたちょうどその時、王の私室の扉が、勢いよく風とともに開け放たれたのである。 
 強風が新国王の部屋中に吹き込んでいた。物という物が吹き飛び、扉の前に控えていた近衛兵も一瞬にして廊下の向かいの壁に叩き付けられた。慌てたヘロルドの忠臣は、咄嗟に廊下の角へと身を潜め、しばらく様子を見守っていたのである。
 ボリスは、吊り上った目を見開いて、トカゲそっくりな顔を興奮の色で上気させた。
「物凄い強風でしたよ、ヘロルド閣下! その後、立ち上がった近衛兵が慌てて国王の私室に入っていきましたが、もう中は蛻(もぬけ)の殻でした」
 ちっと舌打ちすると、ヘロルドは忠臣の腹に膝で一撃を入れた。
「この役立たずが!」 
 ボリスが冷たい床上で呻いて腹を抱えこんだ。驚いて主人を見上げている。
「わたしは何とお前に命令した? クロウを殺せと言ったのだ! それが見ろ、お前は殺すどころか近付くことすらできておらんではないか! なぜすぐに後を追わなかった!」
 ヘロルドは床で転がったままの忠臣の頭を固い靴底で踏みつけ始めた。
「うっ、も、申し訳ありませんでした、ヘロルド閣下・・・」
 痩せ身のボリスは、頭を踏みつけるヘロルドの靴を退けようと、その足首に指を這わせた。
「いいか、無能なお前を拾ってやったのは一体誰だ? このわたしではないか! よいな、役立たず、今すぐ奴の後を追い、その命を必ず奪うのだ!」
 ヘロルドの恐ろしい物言いに、ボリスは床の上でブルッと一つ震えた。
「で、でも・・・、ヘロルド閣下、新国王には魔力が無いとおっしゃっていましたが、あの風・・・、とてもそうは思えませんでした・・・。わたしなどが王の命を奪うことなど・・・」
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