AKANE
「ニックが流されたぞ! ダメだ、もう助けられない!」
 他の船乗りの声が聞こえる。
 ニックという船乗りは、まだ生きていた。
 しかし、あっという間に彼の姿は黒い海の波間に消えてしまった。
 朱音は急に恐ろしくなり、クリストフの腕にきつくしがみ付いた。
「大丈夫、アカネさんをあんな目には遭わせませんよ。ですからわたしを信じてください、ね?」
 自分さえ今にも海水に飲まれそうになっているというのに、クリストフはそっと朱音の耳元で優しく囁いた。
「いいですか、手を伸ばしてルイの手を取るんです」
 船が再び逆の方向へと大きく傾いた。 
 船が逆方向に傾くその途中、水平になる瞬間が一度だけある。ルイの手を掴むならばその一瞬を狙うしかない。
 クリストフは、船に縛り付けてある荷の縄の端を自らの腕に巻きつけ、かろうじて甲板に留まっていた。船が傾く度、縄はクリストフの手首に強く喰い込んでいた。
「ごめんね、クリストフさん・・・! 痛いでしょ?」
 クリストフは、いいえと呟くと、小さくウィンクして見せた。
「さ、また船が傾きますよ。わたしが合図したらわたしから手を離してルイの手に!」
 ミシミシっと軋みながら船が逆方向へと傾き始めた。
「さ、準備してください」
 朱音はこくりと頷き、クリストフから手を離す準備をする。
「今です!!」
 ぐいと背中を押された瞬間、朱音は思い切って踏み切り、ルイの手をがっしりと掴んだ。
「陛下!」
 ルイはしっかりと両の手で朱音の腕を掴み、ぐいとマストの辺りへと引き上げてくれた。
 しかし、安心するにはまだ早い。
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