AKANE
 混雑した中で無理矢理押された人々の中から、時折「きゃっ」という悲鳴や「何すんだ」という声が上がる。それでもフェルデンは視界に一切他の物が入っていない様子で、どんどん人ごみの中を掻き分けていく。
 ユリウスはフェルデンを見失うまいと必死だった。この人ごみで逸れてしまったら、探すのに一苦労するだろうことが予想できたからだ。
「殿下~~~~!!」
 ユリウスはフェルデンがどうしても持っていくと言って聞かなかった棺の入った木箱を荷車に乗せて引いていたものだから、余計にこの人ごみを進むのに手間取っていた。
 フェルデンはついさっき人ごみの中で確かに見た男を見失い、きょろきょろと辺りを見回した。
 しかし、その人物はそこにはもう見当たらなかった。
(船の中で何度かすれ違ったときに見た顔、あれはロジャーに違いない・・・! あの男、生きていたのか!?)
 まるで幽霊でも見たかのような気分に陥り、フェルデンは男立ち止まったまま考え込んでいた。
「殿下! やっと追いついた・・・。もう、突然走り出して、一体どうしたって言うんですか?」
 息を切らせながら、ユリウスが駆け寄る。しかしその後ろには、ごろごろと荷車もしっかりと引いている。
「さっき、人ごみの中であの男を見かけた・・・」
 フェルデンの表情が明らかに動揺していることに気付き、ユリウスは彼が何か昨晩の嵐に関わる重要なものを目撃したことを悟った。
「あの男とは?」
「ロジャー。アルノの古い友人で昨晩の嵐で海に投げ出され、死んだ筈だった」
 ユリウスは初めて聞く名に頭を傾げる。
「船長の友人?」
 こくりと頷くと、フェルデンはユリウスに向き直り説明を付け加える。
「ロジャーは秘密裏にアルノに願い出て、ある王族の姫との駆け落ちの最中にリーベル号に乗船していたらしい」
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