AKANE
 ふと昨晩の夢を思い出す。あまりに幻想的で、不安定な幼いクロウの記憶。しかし、あまりに悲しい記憶だった。あの可憐なベリアルという女性はクロウの実の母ではかった。遠い記憶だというのに、なぜか朱音にも、クロウがあの女性を愛し愛されたいと強く願っていたことがわかる。
「クロウの本当のお母さんは一体どこにいるの・・・」
 なぜかひどく胸が痛んだ。この痛みはきっとクロウ自身の胸の痛みに他ならない。朱音は、訳のわからない感情に固く目を閉じた。
「フェルデン・・・。わたし、どうしたらいい・・・?」
 もう叶わないとはわかってはいても、朱音は彼の温もりが恋しくて仕方が無かった。
 寂しいとき、辛いとき、どんなときも優しく逞しい手で頭を撫でてくれた彼の手や心の温もりが、以前にも増してあまりに恋しすぎる。あの吸い込まれそうなブラウンの瞳を、もう一度見つめ返すことができるなら、今の朱音はきっとどんなことでもするだろう。
 船の暗闇の中で、あんなにも近くに彼を感じることができたことは、まさに奇跡だったのかもしれない。それも、彼は今のクロウの姿に気付くことなく、朱音の亡霊でも見たかのような反応だった。
 もしこの世に神が存在するのならば、あれは一種の神からの贈り物だったに違いない。
「フェルデン・・・、貴方に会いたい・・・」


 クリストフとボリスは、木陰に身を顰め、巨大なテントを見つめていた。
「旦那、さっきのありゃあ・・・、魔力だろ・・・? ひょっとして、魔光石か?? じゃなきゃ、あんた自身が魔力を持ってるとか・・・?」
 しっと人差し指を立て、クリストフが咎める。
「今はそんなことを話している場合ではありません。それより、競り市が行われる場所とはここで間違いないですか?」
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