AKANE
 こくりと力強く頷くと、ボリスは声を顰めて言った。
「旦那・・・、間違いねえ。ここは奴隷の競り市の会場だ・・・」
 ボリスが嘗ての忌まわしい記憶を思い出したかのように、狭い眉間にこれという程の皺を寄せている。
 次々と荷馬車が到着し、競りに掛けられるであろう子ども達がテントの中に連れ込まれていく。
「旦那、アカネ嬢はもしかするとここにはもういねえかもしれねぇ・・・」
 ぼそりと呟いた痩せた男に、クリトフが顔を顰(しか)める。
「どういうことです?」
 申し訳なさそうに、ボリスは朱音の乗った馬車の跡をつけて知った事実を全てクリストフに話した。そして、昼間に朱音に頼まれた内容も。
 クリストフはふむとしばらく考え込むと、すっくと立ち上がった。
「旦那、一体どこへ行くんで?」
 ボリスが慌ててその後を追う。
「つまり、彼女の頼みはこうだ。“自分はいいから捕まった子ども達をうまく逃がして欲しい”」
 クリストフはくくくっと苦笑を漏らした。
「アカネさんの言い出しそうなことだ・・・」
 不思議そうに首を傾げるボリスに、クリストフは言った。
「旦那・・・?」
クリストフは風を集め始めた。それも、特大の風だ。
 テントをバサバサと揺さぶり始めた風は、まだまだ威力を増し続ける。ふわりとボリスとクリストフの身体が宙に浮かび上がる。
 グンっと掬い上げるような強風は、近くの物という物を吹き飛ばし始めた。
「なっ、なんだ!? 突風か!?」
 テントの入り口付近で見張りをしていた男達が、異変に気付き騒ぎ始める。
「駄目だっ、変だぞ!? やばいっ、吹き飛ばされる!!」
 テントの支柱にしがみつき、必死に飛ばされまいと抵抗する男達だったが、テントもグラグラと大きく揺さぶられ始めた。
「どうなってんだ~~~!!!!!」
 より一層強く巻き起こった風に、ふわりと巨大なテントが宙に浮かび上がった。そこら中に人や物が飛びたくっている。
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