AKANE
 何も話そうとしないクリストフの前でヘロルドはゆっくりと屈み込むと、その骨ばった顔を静かにクリストフの耳元へと近付けていった。
「脱兵がどれだけ重罪かは知っておろうな。脱兵したとわかれば、お前には審議の必要すら無くなる。極刑だ」
 ぎょろりとした目を細め、愉快そうにそう言い残し、ヘロルドは牢を出ていく。
「ボリス、能無しのお前にしてはよくやった。この男が魔力を使って馬鹿なことをする前に、魔力を封じておけ」
「はい、閣下」
 クリストフはぼんやりと濡れた冷たい天井を見上げた。
 濡れた身体に地下の空気ははひどく冷える。ふうと息を吐くと、クリストフは朱音のことを案じた。
(当分は身動きすらとれそうにない・・・。アカネさん、無事でいてください)




 灼熱の太陽の下、朱音はチッポカという動物の背に跨り、揺られていた。
 チッポカは、らくだとロバの中間のような生き物で、もつれたようなワシワシの黒い鬣に、大きなロバのような耳。それに砂漠に適した背のこぶは、らくだと同じ役割をもっているようだ。
 アストラの砂漠での旅は、予想を上回る過酷さであった。
 ただでさえ貴重な水は、眼帯の大男アリゴが腰ベルトにきつく結わえつけ、朱音にも必要最低限しか与えてくれない。朱音は、流れ滴る汗さえ、もう枯れ果ててしまっているのではないかと思った。
「それにしても、お嬢さん。そんなお綺麗な顔をして一体何をしでかしたんだ?」
 にやりと下心を剥き出しにした表情でアリゴが笑いかけた。
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