AKANE

 今、朱音は湧き出る怒りと哀しみで我を失っていた。
 身体の内側から溢れ出てくる負の感情は、朱音の理性では到底抑え切ることのできないものであった。
 怒りは目の前のファウストだけに留まらず、寧ろ“神”というものが存在するならば、それにあたる人物へと向けられていた。
「・・・して・・・、どうしてわたしから何もかも奪ってしまうの・・・? 家族も・・・、大切な人達も・・・! わたしはただ、平凡に暮らしていたいだけだったのに・・・!」
 朱音の体表を包むような禍々しい黒い気体がゆらゆらと湯気のように出現し始める。
「なるほど・・・! すげえ魔力だ」
 数々の魔族の魔力を奪ってきたファウストだったが、これ程の興奮を覚えたことは未だ嘗て無かった。魔王ルシファーがカサバテッラを消滅させてしまったあの日でさえ今のような興奮は起こらなかった。あの頃はまだ、自身に今程の魔力と自信を持ち合わせていなかったこともある。
 しかし、今ならば魔王の息子の魔力にでも少しは対抗できるような気がしていた。
 朱音の周りだけがまるで空気も時間の流れも止まったかのような静けさに包まれる。
 時折バチバチと音を立てて起こる電気の筋。
「んじゃあ遠慮はしないってことで!」
 ファウストは勢いよく腕を振り上げると、思い切り炎を放った。
『ボウッ』という音とともに、確かにファウストの炎は朱音の身体を包んだが、すぐさまそれは吹き消された蝋燭の火のように消失した。
「なに!?」
 予想に反した状況に、ファウストは僅かに怯んだが、炎を放つ手を尚止めることはしない。
 しかし、ますます朱音の身体から出る黒い気体は容量を増し、炎をいとも簡単に弾き返してしまう。
「・・・くなればいい・・・。全部無くなっちゃえばいいんだ。わたしも・・・、この世界も・・・」
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