AKANE
「フェルデンは、ゴーディアでお前の首を絞めたそうだな。にも拘わらず、自分を殺そうとした相手をなぜに助けたいと思う?」
 ぐっと言葉を飲み込み、朱音は悲しく微笑んだ。
「彼はそんなことはしていません」
 アザエルの冷たい視線が向けられていたこともあったが、朱音は白を切った。
「以前、私は彼に助けられました。私はただ、恩返しがしたい・・・。それだけです」
 “彼を愛しているから”なんていう言葉は、今のこんな姿になってしまった今は言える筈などなかった。しかし、朱音がディアーゼに向かう理由はそれ以外にはどうしても見当たらない。
「そうか。だが、やはりお前を信用することはできぬ」
 ヴィクトル王は、自分が聞き及んでいる他に、フェルデンと少年王の間に何かがあったのかもしれないとふと感じ取った。
 少年王は、それでもヴィクトル王の顔を揺れる瞳でじっと見つめて懇願していた。良く見ると、ぼろぼろになって血に染まった衣服に身を包んでいたせいで今まで気がつかなかったが、少年の唇はかさかさに乾き、身体はひどく痩せ細っているようだった。ひょっとすると、何日もろくに睡眠や食事を摂っていないのかもしれない。よくこんな身体でこの城まで辿り着けたものだ、とヴィクトル王は柄にもなくそんなことを思った。
「ヴィクトル陛下。そんなに心配なのでしたら、そこにいる魔王の片腕をこの城に留めておいてはどうです? 彼が人質とあれば、ゴーディアの国王も寝返ることなどできまいでしょう」
 感情を持たない碧い目を細め、アザエルはじっとディートハルトを見やった。
「さて。魔族の王よ、どうする?」
 ヴィクトル王は、少年王を試すかのように問いかける。
 ぐっと唇を噛み締めると、朱音はヴィクトル王というよりも、アザエル自身に返答するかのように、はっきりと言葉を綴った。
「わかりました。アザエルをここへ人質として置いていきます」
 美しい碧髪の男は、それでも尚なんの表情も浮かべずに、じっと佇んでいる。
「アザエル・・・、いつか、“あなたがわたしに命令を下せば、チェスの駒を動かすようにいとも簡単にわたしは動くというのに”と言ったことがあったでしょう? わたしが命令だと言ったら、あんたはわたしを助けてくれる?」
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