AKANE



 クリストフは静かに目を開いた。
 僅かに差し込む日の光が眩しい。
 遠い昔、あまりに臆病な“シモン”が、泉で出会ってしまった遠い友人。
 あまりに美しく、穢れのないその男との出会いは、クリストフのその後の人生に多大な影響を及ぼす結果となった。
 自由を得、広い世界を自由に行き来する為に選んだ道は、長く厳しい孤独への一歩でもあったのだ。
 空から舞い降りたルシフェルは、“シモン”に、自らの血を与えた。それを口にしたとき、“シモン”は不老の肉体と、そして強い魔力を得たのだ。鳥のように自由に空を舞うことのできる、風の力を・・・。
「わたしは大きな間違いをしたのかもしれませんね。君に彼の血を与えるべきじゃなかった・・・」
 そして、空で出会った自由な旅人であるこの白鳩に、ルシフェルの血を含ませた餌を与えてしまったことに、クリストフは後悔の念を抱いた。
白鳩はそれを否定するかのように、パサパサと羽を鳴らす。
 魔王の血を口にしたことで、彼女もまた、不老の肉体とともに“人語”を理解し書くことのできる力を得ていた。さすがに話すことまではできはしなかったが・・・。
「さあ、行ってください。大丈夫、わたしはまだここでは死ねません。あの子との約束をまだ果たせていないのですから」
 リストアーニャ以来、逸れてしまった朱音を思い、クリストフはもう一度弱り切った手に力を込めた。
 しかし、手枷はびくとも動かない。
 不老とは言え、不死身ではない。あと幾日もこうして繋がれていては本当に命尽きてしまうだろう。あの卑俗な男、ヘロルドはもともと刑にかける気などさらさらなかったのかもしれない。寧ろ、こうして苦しみながら餓死していく様を面白がっているのだろう。
 心配そうに覗き込む白鳩に小さく片目を閉じると、クリストフはくすりと笑みを溢した。
「そろそろいい頃でしょうかね。わたしの力の見せどころはここからです。わたしは案外しぶとい男なんですよ? ね、クイックル」

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