AKANE
 朱音はゾーンの背にしがみ付くような形で、懸命に堪えていた。そのすぐ背に、フェルデンの身体が密着している。そのことに、朱音はフェルデンが不快に感じてやしないかと心配になっていた。
「クロウ・・・。お前は俺を憎いとは思わないのか?」
 雨音の中、フェルデンが突如として口を開いた。ゾーンに乗ってからというもの、一度も言葉を交わすことなどなかったというのに。
「思いませんよ・・・?」
 どうしてそんなことを訊ねられたのか、朱音には全く理解できなかった。
「なぜ、こうまでして俺に手を貸そうとする? 俺は一度、お前を殺しかけたんだぞ」
 朱音は、“だって、わたしは朱音だから”と、喉元まで出掛かった言葉をなんとか押し止め、飲み込んだ。
 黙ったままの相手に、フェルデンは更に疑問をぶつけた。
「それに、お前は・・・、お前は一体何者なんだ・・・? 本当に、魔王ルシファーの息子なのか・・・?」
 その言葉に、朱音はびくりと身体を反応させた。
(フェルデンは・・・、何か勘付いてる・・・!)
 ふと真下にきらりと光るものが見えた。教会の鐘だ。
「あれは・・・」
 朱音がそう呟いた直後、フェルデンははっきりとこう口にした。
「サンタシの王都のはずれ、レイシアス教会だ」
 この “レイシアス”という言葉に、朱音は確かに聞き覚えがあった。レイシアはこの世界の名前であり、それと似通っていることもあったが、すぐに頭を過ぎったのは、鏡の洞窟で元の世界に戻る寸前にフェルデンに「ラ・レイシアス」という言葉を耳元で囁かれたことであった。
「レイシアス・・・?」
 フェルデンは何の気無しに答えた。
「ああ。レイシアスとは、すなわち“創造主”。サンタシの民が唯一信仰する神だ。そして、この世界の名前の由来にもなった。これは有名な話だろう」
 そんな当たり前のことを聞き返す朱音に不可解な顔をして、フェルデンは小首を傾げた。
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