AKANE

15話 紳士の告白

 
 この惨劇の繰り広げられている王都の外れには不似合いな程に美しい黒塗りの馬車が一台止められていた。
 僅かに開けられた紅色のカーテンの隙間から、一人の婦人が顔を覗かせ、燃える王都をじっと見つめている。
「何も、こんな危険な場所へとお越しにならずともよろしかったのに・・・」
 呆れ声で、オリーブ色がかった口髭を立派にあつらえた紳士は、困ったように婦人に笑い掛ける。
「お黙りなさいな、ブラントミュラー。あの方の敵をとるこの日を、わたくしがどれだけ長い間待ち続けたか・・・!」
 深く淵の大きな帽子を被り、日除けのベールが降りているせいで、婦人の表情はまるでわかならい。
 ただ、その婦人に向かい合うように腰掛けた紳は、二百年前に起こった“マルサスの危機”の際に魔王ルシファーを裏切った男、ブラントミュラー公爵に違いなかった。
「ブラントミュラー、わたくしは、ゴーディアを追放されてしまって以来、一時も、ルシファー陛下のことを想わない日はありませんでした・・・。わたくしから陛下を奪った、あの、憎き女とその息子クロウを、今こそこの手で葬り去ってみせますわ・・・」
 ブラントミュラーは愛しげに、白い手袋をはめた婦人の華奢な手にそっと自らの手を重ねた。
「ええ、愛しい方。貴女が望むならば、わたしは何もかもを悪魔に売り渡すつもりです。貴女が誰かを殺したいと願うならば、わたしは喜んで貴女に手を貸しましょう」
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