AKANE
 ルシファーが、丸腰になったクロウを皮肉った。
(万物と一体に・・・)
 クロウは瞳を閉じ、一切の感情と心を無にすることに徹した。いつしか、朱音が自らの肉体を使ってやって見せたときのように。風の音に耳を澄ませ、大地の鼓動を聴いた。芽吹く小さな生命と心音。遠くの山の川のせせらぎ。自然の中で育まれゆく命。
 通常ならばいくつも山を隔てた土地の音を聞くなどということができる筈はないが、どういう訳かクロウの耳にはその全てが伝わってきた。母なる大地の温かさと、この世界への愛しさで、熱いものが溢れてくる。
「泣く程死が怖いか、クロウ」
 ルシファーの声で、初めて自分が涙を溢していたことに気付く。
「いいえ、その逆です」
 クロウの力は解放されていた。
 背の翼がすっと姿を消すと、クロウの身体に牡鹿の魂が重なり、消えた。
(なんだ・・・? 目の錯覚か・・・?)
 ルシファーの目の前で、クロウは牡鹿の姿に変貌し、空中を力強く後ろ足で蹴飛ばし跳ねた。頑丈な角でルシファーをがしりと捕らえ、そして投げ上げる。
 ルシファーが体勢を立て直すよりも前に、今度はクロウの身体に熊の魂が重なった。大きく逞しい熊が鋭い爪を振り翳し、ルシファーの上にどしりと圧し掛かり、そのまま地上へと叩き付ける。
「ぐふっ」
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