AKANE
 白亜城のたくさんある部屋の一室で、不気味な円陣の描かれた石壁と床。そして、その中心に横たわる紳士。その男の衣服の胸には、ザルティスの神兵と同じく真っ赤な蛇の紋様の刺繡が施されていた。
 フェルデンとクロウが白亜城へ戻ったとき、すでにその男の首は胴と切り離され、夥しい血を円陣の中に撒き散らした後であった。
 城の中には、どこを探してもベリアルの姿は見つからなかった。
 まるで最初からそこにいたかのように部屋の椅子に腰掛けたザルティスの兵の姿をした男は、フェルデンがいつしかリーベル号で見かけたその男のものに相違無かった。
「お久しぶりです、フェルデン陛下。いえ、お初にお目にかかります、と言った方が適切でしょうか?」
 男の肩には、世にも珍しい、真っ白い鳩が大人しくとまっている。
「あなたは一体何者なんです」
 フェルデンは問うた。謎に包まれたこの男が、どうしてこの場に当然のように居合わせ、そして何もかもを知っている口振りなのか。その全てがわからないままだった。
「わたしは、しがないただの美容師、クリストフ・ブレロにございます、フェルデン陛下。以後、お見知りおきを」
 すっと椅子から降り立ち、優雅に頭を下げた男の動きは、紳士そのものであった。
「では、クリストフ・ブレロ。そこに転がっている男の首はあなたが刎ねたのか?」
 それを否定するかのように、白い鳩がばさばさと羽を鳴らした。
「いいえ、新王陛下。わたくしはこの場所を、クロウ陛下のご側近にお教えしただけにございます」
 何故、この男がアザエルさえも知らなかった禁術を施した場所まで知り得ていたのかと、フェルデンは眉を顰(ひそ)めた。
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