AKANE
 美容師の男は細身の身体に身に着けている赤色に染めた皮のチョッキの内側にハサミを丁寧にしまった。ちらと見えた服の内側は、たくさん道具がしまえるポケットや穴がいっぱいあって、ハサミや櫛も六〜七本は収まっていそうだ。
「いえ、クリストフさんの仕事は最高です」
 朱音は首から垂れ下がるポンチョを外そうと手を伸ばすと、骨ばって細いクリストフの手がそれを手助けして、慣れた手つきでしゅるりとそれを解いていく。
「クロウ殿下にお褒めいただくとは、光栄でございます」
 クリストフはグレーがかったシャツを腕のあたりまでたくし上げていて、そこからのぞく手は長くてふわふわした体毛が覆っていた。揉み上げも長くて濃く、朱音にかの有名なアニメのルパン三世を思い起こさせた。
「ただ、鏡を見ると辛いんです」
 クリストフは、取り外したポンチョを手際よく丁寧に折り畳んでいくと、
「どうしてです?」
と質問した。
「これは、わたしじゃないから」
 クリストフはふっと微笑むと、畳んだポンチョを持ってきた道具箱の中にぎゅっと押し込んだ。
「それ、よくわかりますよ。わたしも、殿下と同じように思うことがときどきあります」
 道具箱の蓋を閉め、クリストフはゆっくりと朱音に向き直った。
「自分がわからなくなったときは、広い世界を見るのが一番です」
 彫りの深い目の奥には、クリストフという男の優しさが滲み出ていた。
 朱音はなぜかこの細い男の雰囲気が好きだな、と感じ、信じられる人のように思えた。
「おや、クロウ殿下、こんなところに髪が・・・。失礼」
 そう言いながらクリストフは服のゴミを取る素振りでさっと朱音の手に小さな紙切れを握らせた。そのことに気付いた朱音はじっとクリストフの顔を見た。
 クリストフ自身は何もしていないような常の表情で、目も合わせないでクロウの服の髪をパタパタと白いハンカチで払い落としている。部屋の隅でじっと見張りをしているルイの目を誤魔化す為だと分かり、朱音も握った紙切れをそっと服の袖口に押し込んだ。
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