マザーレスチルドレン

役立たずの黒服

その男はヤマサキという年齢不詳の男で、でっぷり太った体躯に顔は色白で丸々と膨れ上がり西遊記に出て来る豚の怪物を連想させた。


先生というのはいわゆるニックネームみたいなもので、実際に何の先生なのか知る者は誰もいなかった。


この店、東和食堂の常連の一人だった。


「ああ、すっかり忘れてた、先生はさあ、夕方きて、すぐにトイレに入ったきりだった、そろそろ三時間になるよ」


笑いながらマスターは言った。


「ヤマサキ先生、三時間もトイレの中で何やってたんですか?」


カジが言うと、

「うん、ボクは…… ちょっと、しぇいくすぴあの四大悲劇が…… 何だったか急に思い出せなくなって…… ここのトイレ借りて考えていたんだよぉ」


ヤマサキは、遅回しでレコーダーを再生しているような喋り方でそういった。


「三時間も? ずーっと?」


「うん」


ヤマサキは、頷くと、ニヤニヤと微笑みながら大きな金縁メガネを掛け直した。


そして真夏だというのに何故か着込んでいるステンカラーコートの襟を正した。
< 27 / 178 >

この作品をシェア

pagetop