9番ボール
キィィィィン
金属バットの音が鳴り響いた。
いつもは静かな土手の野球場で子供達が走り回っていた。
近くのベンチには親達が群がっている。

僕はそれをしばらく眺めていた。
高校辞めてからは毎日のようにこの場所に通っている。
誰にも関わる必要もないし、動く必要もない。
ただ座って対岸の街を眺めているだけでいいのだ。

コロコロコロ・・・・・
白い野球ボールが目の前に転がってきた。
近くでキャッチボールをしていた子供が走ってこちらへ向かってきた。
僕はそれから逃げるようにして土手を駆け上った。
子供は大人よりも苦手。
付き合い方がよくわからない。

家に着くと中は薄暗かった。
夏の夕方としては暗すぎるくらいだった。
母親の姿もない。
仕事に行っているんだろう。
がちゃ
玄関の開く音がした。
足音からして弟の裕也だ。
会話なんて何年もしていない。
部屋から出た時にたまに会って顔を合わせるくらい。
どうせ「おかえり」と言っても返事なんてないだろう。

高校を辞めてすぐは母親にキレられた。
「勝手なことばっかりしてんじゃないわよ!どんだけお金払ってると思ってんの。だい たい学校行かないでどうすんの?仕事するなら早く見つけて早く出て行け!」
これが学校を辞めたのが発覚した時に言われた言葉だ。
しばらくは殆どこれと同じようなことを言われた。
最近は言ってこない。
諦めたんだろう。
出来のいい裕也に期待すればいい。

家にいてもやることはない。
夜になってまたあの土手に向かった。
土手に着いていつもの場所に腰掛けた。
ふと空を見ると綺麗な満月が昼間のように辺りを照らしていた。
「すげ・・・」
思わず口から独り言が出た。
光る月で川がキラキラ光っていた。
普段とは違う幻想的な景色が広がっていた。
僕は思わず川の近くに走っていく。
川の手前に着くと、川は光らずいつもの汚い川がちゃぷちゃぷと音を立てて僕を馬鹿にしていた。
動くのが億劫でそこから対岸を眺めていると近くから泣き声が聞こえてくる。
鼻をすする音と高い声。
辺りを見回すとすぐ近くに女性が立ちながら泣いていた。
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