9番ボール
満月のおかげでクシャクシャな横顔がよく見えた。
小柄で同じくらいの歳の子だ。
少し泣きやみ始めると彼女は目を真っ赤にしながらじっと川を眺めている。
さっきはくしゃくしゃで分からなかったが少し可愛い感じの子だった。
そうなるとソワソワしてしまう。
ただここで声をかけたとしたら軽いと思われるだろうか・・・
いや、思われるだろう。
ただでさえ人と話すのが苦手な僕にとっては誰よりもドキドキしているのだろう。
でもここで声をかけないともう出会えない・・・・と思う。
葛藤し続け景色なんてもう見えていなかった。
少し彼女の方をチラッと見ると彼女は涙を静かに流していた。
「大丈夫?」
思わず言ってしまった一言に後悔と期待が入り交じった。
泣き顔のままこっちを見た彼女は僕をじっと見ている。
沈黙が続いた。
そしてそのまま彼女は小走りで土手の階段を駆け上って行ってしまった。

「落胆」
今の自分にはその熟語がとても似合った。
そこから発展してとか考えていなかったが、黙られたまま逃げられたのは辛かった。
先程までの景色が戻ってきた。
川の音はまた僕を馬鹿にしていた。


翌日の夜また同じ場所に来てみた。
真っ暗で何も見えない。
月は雲で隠れ、昨日の景色は見せてくれなかった。
だがそれよりも、照らしていた彼女の姿がなかった。
まあ2日連続で同じ場所で泣いている奴も普通はいない。
ため息を1つついて僕は土手を駆け上った。
いつものように駅の片隅を通ってそのまま帰宅しようとした。
ただいつもと違っていたのはバス停のベンチに座った老けたおっさんがいたことだ。
それは5年前に出て行った父親だった。
あちらもこちらに気が付くと立ち上がって、
「和也・・・・・」
そのシワシワの顔は目を見開き、驚いた表情で僕を見ていた。
僕は何も言わずに、いつのまにか雲の陰から出ていた月に照らされた紛れも無い父親の姿を見続けていた。
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