Addict -中毒-


一瞬幻かと思った。


だって彼は帰った筈……


だけど瞬きをしても啓人の姿は消えなかったし、唖然としている相澤の下から私を助け起こしてくれた。


力強い腕に引っ張られ、


「紫利さん、大丈夫?」と心配そうに覗き込んできた顔は、妙に現実めいていて私の知ってる啓人を見て不覚にも私は涙がこぼれた。


「啓人……どうして?」


彼の腕に抱かれ、彼の香りを感じて、どうしようもない安心感を覚える。


「何か様子が変だったからぁ。あそこでちょっと様子見てたの」


啓人が庭に通じる窓を指差す。


「な、何だお前はっ!やっぱり奥さんとデキてるんじゃないか!いいのか?俺が先生に告げ口しても」


相澤は啓人に足蹴にされた頭をさすりながら、みっともなく起き上がり、私たちを交互に睨みつけた。


「どーぞ、お好きに」


啓人は余裕の笑みを浮かべて、そしてずいと相澤の目の前に携帯を差し出す。


「その場合、あんたの悪事もバラされることになるけどね♪」


啓人の携帯から声が聞こえてきた。


多少雑音が入っているものの、先ほど私と相澤が言い合っているときの会話だ。


「携帯に動画機能って何でついてるのか謎だったけど、役にたったぜ」


と啓人は顎に手を当てご機嫌に笑う。


相澤は血の気のない顔から、さらに顔を蒼白にさせ、その場で固まった。


さらに啓人は追い討ちをかける。


「センセーにこれを見せてもいいけど?サツに垂れ込んだら、あんた婦女暴行未遂犯でお縄だぜ?


ムショ暮らしは、しがない勤め人よりも惨めだよなぁ」


私はそろりと啓人の顔色を伺った。


彼はにっこり笑顔を浮かべているものの、その笑顔の下にぞっとするような…まるで凍てつくような不機嫌を滲ませていた。






< 122 / 383 >

この作品をシェア

pagetop