ありふれた恋を。
『そんな大声で呼ばなくても聞こえてるから。』
弘人さんはそう笑いながら私たちの傍まで来て、チラっと私を見た。
夏休みが終わってから、弘人さんの部屋にはあまり行けていない。
部屋は今も綺麗なままだろうか。
弘人さんの視線に気付いているのに返すことができない。
『今先生の噂してたんだよ。ね?』
「え?あぁ、うん。」
彩ちゃんの問いかけに曖昧に頷いて、弘人さんの視線に今度は気付かないフリをする。
『なんだよ噂って。怖いな。』
『まぁ先生を好きにならなくて良かったって話だよ。』
もう2人の方を見られなかった。
私はそんなこと思ってないよと伝えなければ、弘人さんは分かりやすく動揺してしまうことも知っているのに。
『倉島〜。』
一瞬の沈黙を破ったのは彩ちゃんを呼ぶ声だった。
彩ちゃんは『瀬川!』と嬉しそうに返事をすると私たちに手を振って行ってしまう。
この、微妙な空気だけを残して。