ありふれた恋を。

『そんな大声で呼ばなくても聞こえてるから。』


弘人さんはそう笑いながら私たちの傍まで来て、チラっと私を見た。

夏休みが終わってから、弘人さんの部屋にはあまり行けていない。

部屋は今も綺麗なままだろうか。


弘人さんの視線に気付いているのに返すことができない。



『今先生の噂してたんだよ。ね?』

「え?あぁ、うん。」


彩ちゃんの問いかけに曖昧に頷いて、弘人さんの視線に今度は気付かないフリをする。



『なんだよ噂って。怖いな。』

『まぁ先生を好きにならなくて良かったって話だよ。』


もう2人の方を見られなかった。

私はそんなこと思ってないよと伝えなければ、弘人さんは分かりやすく動揺してしまうことも知っているのに。



『倉島〜。』


一瞬の沈黙を破ったのは彩ちゃんを呼ぶ声だった。

彩ちゃんは『瀬川!』と嬉しそうに返事をすると私たちに手を振って行ってしまう。


この、微妙な空気だけを残して。



< 200 / 264 >

この作品をシェア

pagetop