ラフ
比較的、道もまだ混む前だったこともあり、タクシーの運転手さんに指定した場所までは、10分程度で着いた。支払いをして、タクシーを降りる。
奈緒からのメールは、まだない。


仕事がまだ、終わってないんだろう。


終業時刻は、確か18時だと言っていた。
現在時刻は、まだ18時半前だ。こないだの飲み会のときもかなり来るのが遅かったし、残業があって、まだ終わっていないということは、十分に考えられた。

ぽてぽてと、奈緒が言っていた場所がないか、大通りを渡って探してみた。向かいにコンビニがある、1Fが銀行になったビルの中に、会社があると言っていた。
連絡が来ない不安もあってか、足取りは重かった。
該当の場所を発見したときには、時間はすでに19時を回っていた。

場所を見つけたはいいが、どうしようかと悩んでいると、携帯が鳴り出した。着信は奈緒からだ。

「もしもし、奈緒?」

『あ、泉君!?ごめんね、遅くなって!今終わって、会社出たとこなん・・・・』

奈緒が途中でしゃべるのをやめた。

「もしもし?奈緒?」

どうしたのかと、呼びかけると、急に後ろから誰かが抱き付いてきた。
細い腕。俺は、この腕を知っている。

「遅くなってごめんね!」

奈緒の声がした。
さっきまでの不安が少し和らいだ。

「お疲れ様。仕事、終わった?」

聞くと、奈緒が、うん、と頷いた。
横に並んで、行こう?と歩き出した。

聞きたいことが山ほどあったし、相談したいこともあった。
けど、今はそんなことはどうだってよかった。



ただ、奈緒のそばにいたい。





ただ、それだけだった。
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