ラフ
出番までの時間がもうあまりなかった。
本当はそばにいてやりたかったけど、そんなことをしたら、また、奈緒が悲しむかもしれない。
そう思って、ぎゅっと抱きしめた後、奈緒と別れて、仕事へ戻った。

「・・・大丈夫か?」

堺に聞かれて、ふぅ、と小さくため息をついた。

「大丈夫。ただ、俺。あいつがいないと多分だめだわ」

今まで抱きしめていた感覚が、まだ残っていた。
両手を見つめながら言った。

「とりあえず、服についた、その涙の痕、とりあえず拭いといたら?」

そういって、堺がティッシュを渡してきた。
あはは、と、小さく笑いながら、服についた涙をふき取った。

「・・・今日の打ち上げ、参加しない予定やったけど、俺、参加するわ」

泉に言葉に、堺は動きを止めた。

「奈緒、スタッフとかいろんな人に知られてるし、あいつ連れてって、彼女だって言うよ」

堺は泉に、考え直せ、とさえぎるように言った。

「考えても見ろ。奈緒ちゃんは、今、スタッフたち含め、俺たち以外の全員の認識は、高松さんのお気に入りになってんだぞ」

「だから!そんなの、俺嫌だ!」

「だからだよ!高松さんの口から、彼女じゃないって発言が出ればいいんだよ。それもないのに、奈緒ちゃんは、俺の彼女です!なんていったら、それこそ回りはどー思う?下手すりゃ、お前と高松さんの二股かけてるってことになりかねねーんだぞ!?」

堺に言われてはっとする。
そんな、変な印象だけはごめんだ。


「落ち着けって、泉」

ぽんぽん、と肩をたたかれる。

「お前、今日は奈緒ちゃんと2人で、ゆっくりと晩飯食えよ。いろんなこと話し合ってさ」

な?と言われて、少し考える。

「そうだな。そうする」

拭いていたティッシュをゴミ箱に捨て、舞台へと向かった。

「しっかりやれよ?奈緒ちゃんが見てる」

「あぁ」

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