HOPE
 それでも、俺はまた新しいバイトを探す。
 そんな事の繰り返しだ。

 引っ越し業者のバイト先での事だ。
 その日は、午前中だというのにとても日射しが強く、肉体労働をするにはかなり厳しかった。
 業者の大型トラックには、棚やソファー、ピアノと幾つもの楽器類がある。
 いったい、引っ越しする人はどんな人なのだろう。
 引っ越し先の家に着くと、一人の老婆がいた。
 見た感じ、七十過ぎだろうか。
「ああ、業者の方ですか。お願いしますねぇ」
 老婆の家は、わりと大きく広かった。
 業者の先輩と、幾つかの家具や楽器、ピアノを家の中に運び、作業が終わった頃には午後になっていた。
「皆さん、疲れたでしょう。どうぞ、上がって下さいな」
 俺や業者の先輩は、老婆の家に上げて貰った。
 そこで茶菓子が出された。
 クッキーと紅茶だ。
「ありがとうございます」
 俺達は、そう言ってクッキーに手を出した。
 苦い。
 食べて後、すぐにそう思った。
 こんな苦いクッキーは初めて食べた。
 口直しに、紅茶を一杯だけ飲んだ。
「うぅ……」
 これも苦い。
 お年寄りは、こういうのが好みなのだろうか。

 手続きや書類上の処理をし、俺達はトラックに戻った。
 トラックを運転するのは先輩の役目だ。
 車の中にいる間、俺は書類に目を通す。
 書類を見ていると、知っている名前がある事に気付いた。
 宮久保。
 さっきの老婆の名字、宮久保っていうんだ。
 沙耶子と同じ名字。
 沙耶子の名前が浮かんだだけで、なぜか胸が痛んだ。

 とある休日。
 この日はバイトがなかった。
 先日の宮久保という名字の老婆の家。
 俺はそこに来ていた。
 インターホンを押し、家に上げて貰う。
 老婆は茶菓子をテーブルの上に置く。
< 137 / 151 >

この作品をシェア

pagetop