坂道
目の前には裕美がいる。


高校時代とは比べ物にならないほど、大人っぽくなった裕美がいる。


いつも制服だった裕美が、今は黄色のニットに、ベージュのコットンのスカートをはいて胸の中にいる。



ケンジは幸せだった。



こうして、もう感じるはずのない裕美の息遣いを感じることが出来ることが。


その小さな胸の鼓動を聞くことが出来ることが。



裕美も幸せだった。



自分は寝息を立てるケンジの傍らで、じっと本当の死を待つことしか出来ないと思っていた。


もう、ケンジに触れることなんて出来ないと思っていた。



でもこうして共にいる。


ケンジに会いに行くためにお金をためて買った服を、この身にまとって、ここにいる。




裕美は今まで信じたことなどない神の存在を、確かに感じた。


そして、二日後に迫った天への旅立ちを目前に、このようなはからいをしてくれたその神に感謝した。



そして天上で待つ親にも、深く深く感謝した。



裕美は、そんな暖かい気持ちに包まれながら、ケンジに身を任せた。
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