坂道
「そうだ、裕美。」


「何?」


ケンジは、裕美の体を両腕で優しく胸から離すと、裕美の両肩に手を置きながらそう言った。


その目は、熱意を帯びている。



「明日の夜、花火がある。裕美が見たがっていた、浜辺から見えたあの花火大会だ。」


「うん。日記で見たよ。」


「日記に宿る裕美の思いと一緒に、みんなで行く予定だったんだ。でも思いだけではなく、実際に裕美がこうしてここにいることを、みんなにも教えてあげなくちゃ。」


「ありがとう。そうだね。」


裕美がうれしそうにそう言って頷くと、ケンジはその右手を自分の左手で掴んで駆け出した。


裕美もつられて走り始める。



やがて裕美の視界に公衆電話が入った。


ケンジは今すぐ仲間たちを呼ぶつもりなのだ。


裕美に、みんなとすぐにでも会わせたいのであろう。



裕美はその優しさがうれしかった。


そう、あの頃、ケンジはいつもこうして走っていた。


どんなことにも一生懸命だった。

その横にいられるのがすごい幸せだった。



そして今、またこうして一緒に走っている。




裕美は幸せだった。
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