モラトリアムを抱きしめて
『僕が帰ったら、また一緒に新しい病院を探そう』

「ええ」

夫は今日から一週間の出張だ。

普段からあちこち飛び回っている夫だが、最近では不景気の影響なのか日帰りが多い。しかし、今回は珍しく泊まり掛け。

それと言うのも、こんな時期に目的地が北海道なのだ。

『寒いだろうな』

「あら、雪が見られていいじゃない。 羨ましいくらいよ」

『よく言うよ、この間は散々言ってたくせに』

この出張が決定した日、社内では転勤の下見だと言う者がいたらしい。

借家でしかも夫婦二人だけの我が家は独身の者と同じで、よく候補にあがるのだろう。

それが嫌だったと言う話であって、けして北海道が嫌いというわけではない。

寒いのは苦手だけれど。

ぽかぽかと照らす太陽に隠れていた冷たい風を、やっと思い出したかのような体は、少し震えた。



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