モラトリアムを抱きしめて
『ごっこ』にもなっていなかったか。

だって私にはそれがわからない。本物を知らないのだから。

だから今、会わなくてはいけない気がする。


「必ず帰ってくるから、そしたらさ……」

どんな言葉も嘘のような気がした。どんな言葉も無機質で、言葉にするほど粗が出てしまうような。

「そしたら……また買い物に行こ」

涙が出そうだった。

私の言葉にはっちゃんはニッコリ笑ってくれたから。

それだけは本物だってわかったから。

涙が滲む顔を隠すように立ち上がり、クローゼットへ向かった。



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