モラトリアムを抱きしめて

“――夜には帰ってくるからね”


“これで好きなもの食べるのよ”


使われることが殆どないテーブルにはいつもの千円札…――

それを押さえる硝子でできた猫の置物が、ギラリと光りこちらを覗いているようで…――


怖かった――


曖昧な記憶を辿りながら、うつらうつらしていると、静かな車内がうっすらと明るくなってきた事に気付いた。

少し寝ていたのだろうか。

痛んでいた頭がスッキリしている。

辺りを見渡すと、タクシーは街の入り口まできていた。

「窓、開けてもいいかしら」

聞いておきながら返事を待たずに窓を開けると、冷たい風と共に潮の香りがした。


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