海までの距離
私が最後の登校みたい。


「真耶(まや)ちゃん、ぎりぎり!」


隣の席の咲(さき)が、私の方を見て笑いながら自分の椅子に座る。
そんな咲に構う身体的余裕はなく、切れ切れの呼吸を整えながら、ガタンと荒々しく机に鞄を下ろした。


「ぎりぎり“セーフ”ならいいの!」

「まあね。それに、真耶ちゃんが遅刻気味に来るなんて珍しいしね」


数学の教科書とノートを机の中から出し、咲は涼しい顔。
そんな咲とは対照的の私は、額に汗を滲ませながら鞄の中身を机の中に乱雑に入れる。
ぴったりと背中に張り付いたブラウスが気持ち悪い。
こんな時に感謝しますは冷房のがっつり効いた教室。
公立のくせに教室に冷暖房を完備しているのは、“生徒が勉強に集中できるように”という進学校ならではのお心遣い。


「…もしかして、真耶ちゃん、今日ライブ行くの?」

バタバタと1限の準備をする私を静かに見ていた咲が、何の脈絡も無しにそんなことを。


「何で?」


因みに、咲の質問への回答は「イエス」。


「いつもよりメイクが濃い。付け睫毛してる」


咲の大きな目に、私の貧相な目をじいっと見つめられる。
咲はいいな、付け睫毛なんかしなくても睫毛ふさふさだし目も大きいし。
< 3 / 201 >

この作品をシェア

pagetop